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1519年、甲斐の守護武田信虎は石和の川田館から躑躅ヶ崎に居を移し、甲府を開府しました。
翌1520年、戦の際に立てこもるための詰め城として、積翠寺の丸山に山城を築きました。
これが要害城であり、1521年には大井夫人がこの城で後の武田信玄を出産したとされています。
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信虎・信玄・勝頼と三代に渡って使用された後、1600年に廃城となりましたが、要害山には今も当時の痕跡が数多く残されています。
2017年には(公財)日本城郭協会により、「続日本百名城」の一つに選定されました。
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山頂を整形して主郭とし、山腹にも連続的に廓や傾斜を利用した竪堀などが配置されて防備が固められています。
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山頂の主郭は500坪ほどの広さがあり、周囲は土塁で囲われています。
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山頂には東郷平八郎の書による「武田信玄公誕生之地」の石碑も建てられています。
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積翠寺要害温泉から要害山頂は往復1時間程度なので、登山コースとして物足りない場合は深草観音まで足を延ばすのがお勧めです。
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深草観音は要害山南麓にある甲斐国観音霊場六番札所。別名は岩堂観音。創建は746年とされています。
遊歩道沿いの大岩の中には、十六観音などが祀られています。
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「奥の院」と呼ばれる観音堂は断崖の岩窟の中にあります。
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「奥の院」に参拝するには梯子を登る必要がありますが、回り道から登ることもできます。
御本尊の「岩堂十一面観世音菩薩」は普段は瑞岩寺に安置されていますが、
毎年4月17日の例大祭の日だけはこちらに移されるそうです。