(甲府名山候補)
日陰山(ひかげやま)1,025m

山梨百名山にも選ばれている北杜市の「日向山(ひなたやま)」は山頂付近の花崗岩の美しさなどで有名な山ですが、
正反対の日陰山(ひかげやま)という名前の山が甲府市にはあります。
名前からして陰鬱な感じの山ですが、自分のように日陰者を自称する人間にはちょうどいいのかもしれません。
「甲斐国志」の中には「〔日陰山〕關原嶺ヨリ西へ連ナル或ハ野坂ト呼ヒテ山名トモスルナリ」と記されています。

   
上九一色地区へと続く精進湖ブルーラインを途中で右折して右左口(うばぐち)地区へと入っていき、かつて中道往還と呼ばれた街道を上っていきます。
甲斐と駿河を結ぶ三つの街道の中で、若彦路、富士川街道の間を通る道であることから「中道」と呼ばれるようになったそうです。


   
かつては宿場町・右左口宿としても栄え、徳川家康が甲斐に入国した際もこの中道往還を通ったとされています。
街道沿いにある迦葉山敬泉寺の隣には歌人・山崎方代(やまざきほうだい)の生家跡があり、公園として整備されています。


   
子どもを何人も亡くした両親から「生き放題、死に放題」にちなんで名付けられたとされ、自らを「無用の人」と言い、漂泊の歌人と呼ばれた山崎方代。



「ふるさとの 右左口邨(むら)は 骨壺の 底にゆられて わが帰る村」など、代表的な短歌の歌碑が生家跡に設置されています。


   
村中を通り過ぎ、林道甲府精進湖線へと入ります。以前来たときは大雨注意のため通行止めでしたが、今回は通ることができました。
未舗装・落石注意の細い林道を慎重に車で上っていきます。
すれ違い困難で対向車が来たらアウトという感じでしたが、幸い遭遇することはありませんでした。


   
林道の中途には、自然天然記念物である「日陰山の枕状溶岩」があります。
玄武岩質の溶岩が水と接して急に冷え、半ば固結した溶岩の塊が水底で転がった結果できるものとされています、
海底火山の活動により噴出した溶岩の固まり方に特徴があり、枕状溶岩としては県下最大規模とのことです。



枕状溶岩を過ぎてさらに林道を進んでいくと、右左口峠に到着します。


   
右左口峠は中道往還の通過点であり、旧中道町・旧上九一色村の境界線にもなっています。
麓から迦葉坂と呼ばれる石仏の点在する道を歩いて登ってくることもできます。日陰山への登山道にも、右左口峠から取り付くことができます。


   
赤テープを目印に登頂開始。人があまり入っていないせいか、何度も蜘蛛の巣を払いのけながら進みました。


   
前半は明瞭だった踏み跡や赤テープも、進むにつれて林道作業用と思われるものと入り混じり、段々とわかりづらくなってきました。
クマとおぼしき獣の足跡などもいくつかあり、なるべくサクサクとした行動を心がけたいところですが、なかなか頂上に着けません。
小林経雄『甲斐の山々』には、「火山の外輪山のように尾根が東から北へとピークを囲み、その間が盆地になっている」
「ピークの南側を半周する仕事道があるが、頂上へは雑木林の斜面を登れば五分ほどで着く」と記されていますが、
その記述通り、踏み跡をたどっていくと、どうしてもピークの周りを迂回して通り過ぎてしまいます。


   
グーグルマップと2万5千分の1の地形図を見比べた上で、地形から当たりを付けた尾根を思い切って登ることにしました。
踏み跡もほとんどない急こう配の尾根を茂みをかき分けながら登りきると、どうにかこうにか山頂に到着。行程開始から、およそ1時間ほどでした。
樹木に覆われて展望はなく、小さな山頂プレートと三角点があるだけの静かな山頂でした。


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