かつて北山筋と呼ばれた甲府市の北部一帯は、歴史・文化をたずねる径として北山野道と名付けられています。
八人の共同所有だったことに由来する八人山を登るに当たり、麓の酒折宮の駐車場に車を停めさせてもらいました。
.jpg)
酒折宮は、山梨県で唯一、古事記、日本書紀に記載のある由緒ある神社であり、「宮」の名を冠する神社は中々ありません。
東夷征伐の帰りにこの地に立ち寄った日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が、「新治筑波を過ぎて幾夜か寝つる」と問い掛けたところ、
火焚きの老人が「かがなべて夜には九夜(ここのよ)、日には十日(とをか)を」と答えたとされています。
これが連歌の発祥とされ、地元ではこれにちなんで山梨学院の主催で毎年酒折連歌賞が募集されています。
日本武尊が出発する際、かつて自身を救った火打嚢を火焚きの老人に授け、これが酒折宮の御神体になったとされています。
.JPG)
2012年には御祭神鎮座1900年記念の大祭が開かれ、美術作品の展示や和火によるファイヤーパフォーマンスなどが披露されました。
.JPG)
また、2013年には山梨での国民文化祭に合わせて酒折連歌祭が開催され、連歌の歴史を紹介したパネル展示などのイベントが行われました。
.jpg)
酒折宮の紹介はこれくらいにして、八人山の山行の記録にもどります。
酒折宮の裏の坂道を登っていくと、梅の名所として知られる不老園が見えてきます。
その不老園の間を突き抜けて通っている道が八人山への入り口です。「連歌之碑」という看板などが目印です。
.jpg)
少し歩くと酒折宮古天神や不老園塚古墳などの歴史を感じさせる遺跡があります。
.jpg)
.jpg)
山腹には「忠魂」の碑が立てられています。
第1磐座(いわくら)、第2磐座などの巨岩を横目に高度を上げていきます。
.jpg)
あまり人が入っていないせいか登山道は不明瞭なので、ルートを示すビニールテープなどを見失わないように登っていく必要があります。
やがて月見山の中腹に出ます。「堺」と刻字された石があります。
.jpg)
月見山には、かつて石切場があったようです。月見山は別名を神奈備山とも御室山と言われ、山そのものが御神体でもあり、
酒折宮も最初はこの山の中腹にあったと言われています。月見山と八人山の間の鞍部に下ると、「善」と刻字された岩があります。
.jpg)
ここからの急な登り返しを上りきると、八人山山頂。登山口から1時間ほどで到着しました。
.jpg)
展望は東面以外は樹木に遮られていて、あまりよくありません。
東隣にそびえる大蔵経寺山とその下に広がる盆地を眺めることができます。